創作の才能

漫画家になりたかったあの頃

 見出し通りだ。

 小学生だったあの頃の私は少女漫画家になりたかった。

 ラブストーリーを考えることと、絵を描くことが大好きだったからだ。

 暇さえあれば、物語の草案やプロットなどをノートにたくさん書いた。

 それらの作業が一段落つくと、コピー用紙にイラストをいっぱい描いた。

 少女雑誌を定期的に何冊か購読して、連載されている少女漫画を貪るように読む。

 少女漫画家という職業への憧憬――。

 私の霊魂に蒔かれた憧れという種子は発芽して、少女漫画家との職業はただの憧憬から、私の将来の夢にいつしか変化した。

挫折

 この人生で私が初めて意識した将来の夢――それこそが少女漫画家になることだった。

 脳内で奔流するアイデア

 左手に握ったシャーペンを動かし、右手に握った消しゴムを動かす行為を繰り返す日々。

 叶えたいと切望する夢。

 手に入れたいと熱望する物。

 それらを見つけた時に人は自ら邁進してゆける生物だということを帰らぬあの日々を通して、私は学んだ。

 中学校への入学までこうした日々が延々と続いた。

 延々とそれまで続いたこのような毎日――。

 私はそこで挫折を味わう。

 自分には画才がない。

 幼少期から絵を描き続けて、気づいたら、小学校高学年だ。

 客観的に自分の絵を分析すると、幼少期から絵を描き続けてきたとは思えないほど画力が生煮えなのだ。

 その事実に直面した瞬間だ。

 暴風雨に曝された大木が勢いよく折れた情景が頭に浮かんだ。

 少女漫画家になる。

 私の将来の夢がたちまち潰えた。

 机上に散乱する原稿用紙、スクリーントーン、倒れたデッサン人形に散らばる消しカス――。

 ――ああ、数年来の努力が水泡に帰した。

 私によって描かれた愛らしい1人の少女がどことなく哀愁漂う微笑を私に向けていた。

出会い

 少女漫画家になり、素敵な少女漫画を読み手に届けるという私の夢。

 それが呆気なく終わった。

 夢を諦めてからの私はぼうっと過ごすようになった。

 生熟れな自身の画力。

 その一方で奔流するアイデア

 水瓶から溢れんばかりの思いをどうにかして昇華できないものか。

 そう思い悩む私に救いの手を差し伸べたのがケータイ小説サイトだった。

 それから、俗にケータイ小説と呼ばれるライトノベルの存在を知った。

未知の世界

 中学校に入学して、間もなかった頃だ。

 自宅の一角にあるデスクトップパソコンを使用する権限が家族から与えられた。

 慣れない挙動でそのパソコンを起動して、インターネットという未知の世界に私は足を踏み入れた。

 ちなみに、そのパソコンはとにかく低スペックなために、サイトを1つ開いただけで画面がフリーズする代物だった。

 インターネットにアクセスする行為。

 私にとって、それは今や当たり前の行為なので、それに関して、現在は特に何も思わない。

 だが、当時の私にとり、インターネットにアクセスする行いは洞窟探検も同然の行動だった。

 その洞窟を探検し、今まで経験したことのない出来事に私はたくさん遭遇してゆく――。

 YouTubeで動画を視聴すること。

 Twitterでアカウントを作り、人をフォローすること。

 アメーバブログを開設し、ブログを書くこと。

 インターネットを通して、自分の世界が徐々に広がってゆく感覚――。

 それが非常に面白く、私は沼にはまっていった。

 これは余談だ。

 私が中学生だった当時はアングラサイトがぽつぽつと存在していた。

 危険な香りを放つアングラサイトたち――。

 そうしたサイトに興味本位で私はアクセスしていた。

 当時を振り返ると、現在のインターネットは清浄化されたと感じる。

 それはさておき、パソコンを活用し始めてから、私の生活はがらりと変化した。

小説投稿サイト

 そんなある日のことだ。

 小説家になろうで作品を公開しておられた方から、Twitterのアカウントをフォローしていただいた。

 小説家になろう? 初めて耳にするサイトである。

 これが一体何なのか気になった私はこのサイトをGoogleで検索した。

 小説投稿サイト――……。

 ネット上にはそんなサイトが存在するのか! と驚愕したことを数十年が経った今でも鮮明に覚えている。

 水瓶から溢れんばかりの思いが体内を激流する感覚……。

 少女漫画を描き、ラブストーリーを産出して、読み手にそれを読んでほしかった私。

 漫画は不向きだった。

 だが、小説ならば、少しは適正があるかもしれない。

 小説という媒体への希望が胸に宿り、「恋愛小説 小説投稿サイト」で検索した。

 検索して、検索結果一覧のトップに躍り出たサイトは野いちごというケータイ小説サイトだった。

 野いちごにアクセスすると、画面一面がピンク色に染まった。

 ! ここだ!

 野いちごとは、小説を書いてゆく上で、私が求めていたプラットフォームだ!

 胸が躍った。

 ここで小説を書いている自分の姿。

 それを想像すると、とてもわくわくした。

 会員登録をさっそく済ませる。

 野いちごでのペンネームはアメーバブログTwitterとで用いているハンドルネームと同一の名前にした。

 そうして、私の創作活動が幕を開けたのだった――。

下手な文章、逃避、ランキング入り

 野いちごで公開した処女作は入念にプロットを組み立てた、登場人物の設定が細やかな作品だった。

 処女作でなおかつ小説のいろはも分からず書いた作品だ。

 今読み返したら、目も当てられない小説に違いない。

 小説――文章をその当時実際に書いてみて私が感じたことは、文章を書くことは楽勝という安易な実感だった。

 本格的に文章を書き続けて、今や数年になる。

 文章と真摯に向き合ううちに文章の奥深さを知った。

 日本語をもっと知りたい。

 日本語の技巧を磨き、日本語を巧みに操れるようになりたい。

 私の熱意は文章から、日本語という言語そのものへ志向した。

 その向上心は今もなお全く薄らいでいない。

 話を戻す。

 処女作を公開し、何作かを以後も公開した。

 PV数が増えることが当時は純粋に面白かった。

 読者が順調に増えて、快調に伸びてゆくPV数。

 難儀なことにそれが原因で、自分の編み出す文章は優れているという勘違いが私の中で生まれてしまった。

 ところで、この頃、スマートフォンを母親に買い与えてもらった。

 それを機にTwitterに入り浸るようになった。

 そうして、小説を書くことを私は中断した。

 小説を書くことを中断した私はTwitterに引きこもるようになり、物書きから、ツイ廃と呼ばれる人間に豹変した。

 アメーバブログを閉鎖して、創作と距離を置いた。

 こうした生活に転換したことで、創作仲間との関係が自然消滅した。

 数年もの時を経て、一昨年辺り。

 恋愛小説を野いちごで再び書き始めた。

 国語辞典を引きながら、苦心惨憺して、その小説を書いた。

 お世辞にも上手とは言えない拙劣な恋愛小説だったが、完結にまで何とか漕ぎ着けた。

 完結ボタンを押した瞬間だ。

 怒涛の勢いでPV数が伸び始めた。

 それに吃驚して、画面を幾度もローディングし、伸びゆくPV数を飽きることなく見守った。

 数日後。

 野いちごの総合ランキング上位に自作が掲載されている事実を知った。

 人生で初めて総合ランキングに、それもランキング上位に自作がランクインしたこと。

 それが自分の能力に自信を持つきっかけに繋がった。

 野いちご以外でならば、魔法のiらんどでも恋愛小説を書いた。

 魔法のiらんどでも自作が何度かランクインした。

 ――私には画才はないが、文才はそれなりには備わっている。

 小説を何度か書いて、そう確信した。

 物語を産出する己の才能もこれが裏づけた。

 今は創作を休んでインプットに専念している。

 音楽を聴き、本を読み、映画を鑑賞する。

 知識がしっかり蓄えられて、見識が十分に広がったら、新たな物語をまた作る。

 私が叶えたかった夢と好きなこと――。

 それらをここに記せてよかったと思う。

 書くことが何かあれば、また筆をとる。

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